伊勢崎市: 同聚院

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概要・歴史・観光・見所

同聚院(伊勢崎市)概要: 白華山円満寺同聚院は群馬県伊勢崎市曲輪町に境内を構える曹洞宗の寺院です。同聚院の創建は平安時代後期の平治元年(1159)、領主である三浦之介義明が赤石左衛門の菩提を弔う為に開いたのが始まりと伝えられています。

当初は臨済宗の寺院でしたが、鎌倉時代末期に領主だった新田義貞が中興し、その際、曹洞宗に改宗し、新田家の家紋と寺紋として掲げる事が許されています。江戸時代に入ると伊勢崎藩主稲垣家の位牌所として庇護され寺運が隆盛します。

2代藩主稲垣重綱が慶長19年(1614)の大坂の陣の戦功により元和2年(1616)に越後藤井藩(1万石⇒2万石)へ移封になると伊勢崎藩は廃藩となり伊勢崎陣屋の陣屋門が移築されています。

同聚院山門は切妻、桟瓦葺き、三間一戸の薬医門で当時の陣屋の唯一残った遺構で伊勢崎市内に残る最古の木造建築物として貴重な事から昭和41年(1966)に伊勢崎市指定重要文化財に指定されています。

同聚院境内には樹高38m、目通り周囲5m、根元周囲10m、枝張り東西15m、南北13m、推定樹齢約600年の大カヤ(伊勢崎指定天然記念物)や文明12年(1480)に建立された石幢(総高154cm、安山岩製、6面石仏彫像、昭和48年:1973年、伊勢崎市指定重要文化財指定)、伊勢崎藩の家老だった関當義・重嶷父子の墓(昭和48年:1973年伊勢崎市指定史跡指定)などがあります。

伊勢崎佐波34観音霊場17番札所。山号:白華山。院号:同聚院。寺号:円満寺。宗派:曹洞宗。本尊:釈迦如来。

同聚院:上空画像

薬医門を簡単に説明した動画

【 参考:サイト 】
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


同聚院:ストリートビュー

同聚院:写真

同聚院境内正面に設けられた山門と石造寺号標
[ 付近地図: 群馬県伊勢崎市 ]・[ 伊勢崎市:歴史・観光・見所 ]
同聚院参道石畳みから見た鉄筋コンクリート造の本堂 同聚院境内に建立されている室町時代の石幢 同聚院境内に建立されている関當義・重嶷父子の墓 同聚院境内に生える推定樹齢600年のカヤの大木
独り言
同聚院本堂は余り見かけないインド風で一瞬「オッ」とする建物です。とは言っても全国的に見ると何度か見ているので、一種の流行りがあったのかも知れません。眼象窓や花頭窓なども見られ中々興味深い本堂です。


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