総持寺(太田市)概要: 威徳山総持寺は群馬県太田市世良田町に境内を構えている寺院です。総持寺の創建は平安時代後期の仁安元年(1166)に新田氏の祖となった新田義重が開基したのが始まりと伝えられています。鎌倉時代を通して境内一帯が新田館だったとされ当寺も館之坊と称していました。
その後一時荒廃しましたが鎌倉時代末期、新田義貞が再興し慶範を招いて中興開山し館の坊、真光寺(岩松八幡宮の別当寺)、清泉寺の3ヶ寺を合わせて真光寺に改称、さらに中興第2世慶賢が寺号を総持寺に改めています。江戸時代に入ると幕府から庇護されて朱印地10石が安堵され、新田三檀林(学問所)の1つとして隆盛を極め末寺36ヶ寺を数えたそうです。
総持寺境内にある本堂(木造平屋建て、入母屋、桟瓦葺、平入、正面軒唐破風、桁行8間、外壁は真壁造り白漆喰仕上げ)、総門(切妻、桟瓦葺、一間一戸、薬医門形式)、鐘楼(入母屋、茅葺、外壁は柱のみの吹き放し)は天明年間(1781〜1789年)に再建された古建築で、梵鐘(高さ127cm、口径55cm)は享保16年(1731)に鋳物師、太田甚左衛門藤原秀次が鋳造した名品とされ昭和61年(1986)に太田市指定文化財に指定されています。
木造不動明王立像は新田義重が造営した護摩堂の本尊で覚鑁上人(平安時代後期の真言宗の高僧、新義真言宗始祖)が彫刻したものと伝わる古仏で、像高100.1cm、一木造、総髪、平成18年(2006)に群馬県指定重要文化財に指定されています。
総持寺の寺宝である木造伝新田義貞倚像は鎌倉時代に神像又は随身として制作されたと推定される古仏で、像高87.1cm、桜材、一木造、彩色、平成27年(2015)に太田市指定重要文化財に指定されています。
総持寺境内一帯は新田氏(一族の内誰だったのかは不詳)の居館だった新田館の跡地であることから平成12年(2000)に名称"新田荘遺跡(新田館跡)"として国指定史跡に指定されています。上州新四国八十八ヶ所 九番札所。山号:威徳山。院号:陀羅尼院。寺号:総持寺。宗派:真言宗豊山派。本尊:十一面観世音菩薩、不動明王。
新田館:動画
総持寺:上空画像
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