舒林寺(真田信守:墓域)

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【 菩提者 】 真田信守は真田信之(上田藩、松代藩初代藩主)の次男で幼少の3代沼田城主熊之助を支えた真田信政(自身は4代目沼田城の城主の後、松代藩2代藩主)の次男として生まれました。長兄である信就は出生不詳の側室(小野お通)の子供で、早々と別家(真田勘解由家)を創設した為、信守は時期当主として期待されていましたが正保2年(1645)6月26日の夜、裏門の2階で弟である信武(大学)と争論となり信武と止めに入ったと思われる家臣の佐久間善八を殺害する事件が発生し、それが原因で自刃しました。享年18歳、戒名「照光院殿一関源心大居士」。同年、信政は信守の菩提を弔うため、改愚和尚を招き照光寺を創建しましたが、明暦2年(1656)に信政が松代藩主になった為、明暦3年(1657)に改めて松代に雲龍山照光寺を創建しています。沼田の照光寺の境内跡には寛文8年(1668)に舒林寺(沼田市)が移って来た事により信守の墓碑は舒林寺が引き継いでいます。

【 寺  号 】 舒林寺
【 所在地 】 群馬県沼田市材木町
【 創建年 】 宝徳元年(1449)
【 開  山 】 心華乗芳禅師
【 開  基 】 大友長忠
【 山  号 】 慈眼山
【 宗  派 】 曹洞宗
【 本  尊 】 釈迦如来
【 備  考 】 真田信守の墓(宝篋印塔)
群馬県大名菩提寺
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