正覚寺(大蓮院「小松姫」:菩提寺)

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【 菩提者 】 小松姫(戒名:大蓮院殿英誉皓月大禅定尼)は天正元年(1573)、徳川家康の重臣で徳川四天王、徳川十六神将、徳川三傑に数えられた本多忠勝の長女として生まれました。天正17年(1589)に徳川家康の養女となり、真田信幸(真田昌幸の長男)に嫁ぎました。真田家は徳川家に比べると小録で地方の一大名に過ぎませんでしたが、天正13年(1585)の上田合戦で事実上敗戦し無視出来ない存在となっていたようです。小松姫は女丈夫、良妻賢母など称される女性だったようで家康や秀忠、義父である真田昌幸にも物怖じせず堂々と対応したとされます。慶長5年(1600)の関ヶ原の戦いでの逸話が有名で敵対した昌幸を沼田城に入れなかった一方で、宿営地に子供と共に訪れ義理を果すといった決め細やかさもあったようです。戦後は昌幸、幸村の助命に尽力し、両名が九度山に流された後は仕送りや郷里の名産などを贈っていました。元和6年(1620)、病気治療の為、江戸から草津温泉に向う途中、武蔵国鴻巣で倒れ勝願寺で療養中に死去しました。享年48年。遺骸は荼毘に付され、その後、日頃信仰していた沼田の正覚寺、勝願寺、上田の常福寺(現在の芳泉寺)に分骨されました。さらに、元和8年(1622)、信之が松代藩に移封になると松代には小松姫を弔う為に大英寺が創建され、真田家の菩提寺である長国寺の信之の霊廟には2人の位牌が安置されています。

【 寺  号 】 正覚寺
【 所在地 】 群馬県沼田市鍛冶町
【 中興年 】 永禄3年(1560)
【 開  山 】
【中興 開基】 沼田万鬼斎顕泰(沼田城の城主)
【 山  号 】 法蔵山
【 宗  派 】 浄土宗
【 本  尊 】 阿弥陀如来
【 備  考 】 大蓮院殿の墓−沼田市指定文化財−指定日:昭和51年
群馬県大名菩提寺
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