天桂寺(真田信吉:菩提寺)

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【 菩提者 】 真田信吉は慶長2年(1597)、沼田領主真田信之の長男として生まれています。生母は信之の側室と思われる真田信綱(真田幸隆の長男)の娘説と正室である小松姫(大蓮院:本多忠勝の長女)説があります。これは、信吉が長男であるにも係わらず本領ではなく、沼田領(群馬県沼田市・本城:沼田城)3万石を与えられた事から側室の子供であったのではと推測されています。ただし、これは昌幸(信之の父)が上田城(長野県上田市)にいたのに対して信之が沼田領主だった関係に似ている事から、それ程深い意味ではなかったかも知れません。又、小松姫の子供と思われる弟の信政も側室の右京(出生不明)の子供説があり何とも言えません。信吉と信政が信之より早死にし、本来であれば信吉の息子である真田信利が本領(松代藩)を継ぐはずが信政の5男で幼少だった幸道が継いだ事も血脈に関係したのかも知れません(信利はこの処置を不服として御家騒動にまで発展、幕府の裁定により沼田藩主になるも、松代藩への羨望から悪政となり改易されています)。信吉は寛永11年(1634)、疱瘡によって江戸屋敷で死去、遺骸は沼田の迦葉山弥勒寺に運ばれ火葬され菩提寺である天桂寺(沼田市)に葬られました。享年42歳(又は40歳)、戒名「天桂院殿前河州大守月袖浄珊大居士」。又、長男である熊之助が幼少で沼田領を引き継ぎましたが寛永15年(1638)、享年7歳で死去し天桂寺境内に葬られたとも云われています(一般的には利根郡みなかみ町新巻に玄香院を創建し葬られたとも、江戸神田の吉祥寺に葬られたとも云われています)。天桂寺の境内には真田河内守信吉の墓が建立されており沼田市指定文化財に指定されています。

【 寺  号 】 天桂寺
【 所在地 】 群馬県沼田市材木町
【 創建年 】 室町時代中期
【 開  山 】
【 開  基 】
【 山  号 】 月宮山
【 宗  派 】 曹洞宗
【 本  尊 】 釈迦如来
【 備  考 】 真田河内守信吉の墓−沼田市指定文化財−指定日:昭和51年
群馬県大名菩提寺
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