日本武尊:草津温泉(日本三名泉)

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草津温泉・概要


日本武尊:草津温泉(日本三名泉)と白根神社上野国(現在の群馬県)での日本武尊の凱旋経路は鳥居峠説と碓氷峠説があり、草津温泉(群馬県草津町)は鳥居峠を経路とした場合に、大きく外れていな所に位置しています。草津温泉の開湯伝説には日本武尊、奈良時代の高僧行基菩薩、鎌倉幕府初代将軍源頼朝の3説あり、日本武尊が一番早い時期に発見した事になります。草津温泉では日本武尊が東国平定を完遂し都を目指し凱旋している途中に白い煙が見つけた為、煙の元を探るため近づくと懇々と湧き出る湯船を発見したそうです。日本武尊は早速疲れた体を癒す為大きな岩に腰を下ろし温泉を楽しんだとされ、その岩は何時しか御座石と呼ばれるようになったと伝えられています。伝説の真偽は判りませんが、草津温泉が本格的に開かれた後、日本書紀に精通した知識層が、草津温泉の箔をつける為に伝説を流布したと推察されます。

草津神社の鎮守である白根神社には日本武尊が主祭神として祭られています。白根神社が何時頃から信仰が始まったのかは判りませんが、平安時代には既に存在し、上野国神名帳という平安時代当時に上野国(現在の群馬県)に鎮座した格式の高い神社を纏めた古文書にその名を見る事が出来ます。当時は草津温泉の背後に聳える白根山が御神体として信仰された神社で、神仏習合後は修験僧の修験の場となり草津温泉の開発にも修験僧が大きな役割を持ったと推察されます。そういう意味では日本武尊伝説は修験僧が流布した可能性があり、同じく信仰の山として知られる武尊山にも日本武尊の伝説が伝えられています。白根神社は当初、白根明神が祭られていましたが明治時代に入り現在地に社殿が設けられ、明治10年(1877)及び大正5年(1916)に周辺の多くの集落の鎮守を合祀した際に日本武尊が主祭神になったかも知れません。
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日本武尊:史跡・一覧
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※ 「全国の日本武尊:縁の社寺・温泉」は「郷土資料辞典」、「日本の城下町」、「観光パンフレット」、「観光地案内板」、「関係HP」等を参考にさせていただいています。リンクはフリーですが画像や文章等のコピーは行わないでください。