貫前神社・勅使門・勅額鳥居

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貫前神社・勅使門・勅額鳥居

[ 勅使門・勅額鳥居 ]
貫前神社・勅使門・勅額鳥居・概要: 勅使門・勅額鳥居は貫前神社の神門(総門)の左側に建立されています。勅使門は案内板によると「 勅使門は朱雀天皇の御代(930〜946)奉幣の為、勅使参向の際に設けられた。勅使参向の時のみ開かれ普段は開門されないことから「不明門」と称されたと云う。現在では、春と冬の御戸開祭と流鏑馬祭の年3回開閉される。」とあります。勅使門は切妻、銅板葺き、一間一戸、棟門、木部朱塗り、門扉が1枚目が格子扉、2枚目が板戸扉の2重構造となっています。勅額鳥居は案内板によると「 勅額鳥居は清和天皇の御宸筆による額が掲げられていたことから、この名前が付いたと伝えられ、元々は一ノ宮大字田島字鳥居にあったものを寛永12年(1635)に移築したものである。現在の額は明治6年(1873)に有栖川宮幟仁親王の御宸筆の神号額が掲げられている。」とあります。伝承によると、平安時代の貞観元年(859)に清和天皇(第56代天皇・在位:天安2年858年〜貞観18年876年)の勅額を賜ったとされます。
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