高崎市吉井町: 辛科神社

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概要・歴史・観光・見所
辛科神社(高崎市吉井町)概要: 辛科神社は群馬県高崎市吉井町神保に鎮座している神社です。辛科神社の創建は大宝年間(701〜703年)に新羅系渡来人によって勧請されたのが始まりと伝えられています。境内周辺には小規模の円墳群があり古い地名が韓科郷や甘楽(韓・伽羅)郡などが見られることからも当時の渡来人達の聖域となっていたのかも知れません。和銅年間(708〜715年)には多胡郡の総鎮守社として認識され、平安時代後期に編纂され上野国(現在の群馬県)の著名な神社を列記した上野国神名帳では従二位の位が賜っていたことが記されています。南北朝時代中期に安居院により編集された「神道集」では多胡郡で鎮座していた25社の中で筆頭の格式を得ていました。歴代領主や為政者からも崇敬庇護され鎌倉時代初期の建久8年(1197)には源頼朝が懸仏(銅板製)を寄進し、寛永13年(1636)には3代将軍徳川家光により社領900坪が安堵、寛文元年(1661)には当時の領主倉橋久盛によって社殿が再建されています。

現在の辛科神社本殿(一間社流造、銅板葺、木部朱塗り、壁面に精緻な彫刻)、拝殿(入母屋、銅板葺、桁行3間、梁間2間、正面1間向拝付)は江戸時代中期の寛文元年(1661)に再建された当時のもので、随神門(切妻、銅板葺、三間一戸、八脚門)は江戸時代後期の寛政9年(1791)に修復、神楽殿(切妻、桟瓦葺、高欄付き、木部朱塗り)は江戸時代末期の慶応2年(1866)の建立と多くの古建築物が軒を連ねます。古くから神仏習合し寺宝には源頼朝が建久8年(1197)に奉納したと伝わる懸仏などがあります。特殊神事として1月15日に御供米神事、7月31日にみそぎの神事があり辛科神社境内一帯が昭和46年(1971)に高崎市指定史跡に指定されています。祭神は速須佐之男命、配神は五十猛命。

辛科神社:写真

辛科神社
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