みなかみ町: 嶽林寺

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概要・歴史・観光・見所
嶽林寺(みなかみ町)概要: 大峰山長慶院嶽林寺は群馬県利根郡みなかみ町月夜野に境内を構えています。嶽林寺の創建は永正2年(1505)、当時の領主小川景裕(2代目小川城主)が開基となり双林寺7世在天禅師を招いて開山してのが始まりと伝えられています。江戸時代には双林寺近門七カ寺の総代として本寺後見を勤めるなど隆盛を極め、数カ寺の末寺を抱える本寺の格式を有しました。嶽林寺は何度か火災に見舞われましたが現在でも境内には古建築が多く、本堂はじめ、鎮守社殿、お駒堂、鐘楼堂、禅堂、宝蔵などが残されています。

嶽林寺本堂は江戸時代中期の安永3年(1774)に建てられたもので、木造平屋建て、入母屋、桟瓦葺、平入、桁行8間、外壁は真壁造り白漆喰仕上げ、入口上部には「嶽林寺」の扁額が掲げられ、内部には本尊である釈迦如来像が安置されています。鎮守社殿は江戸時代後期の寛政3年(1791)に建てられたもので三間社流造、銅板葺、正面3間向拝付、内部で3分割され、それぞれ雷電宮(雷電様)、天神宮(菅原道真)、土地神が祀られています。お駒堂は江戸時代中期の享保年間(1716〜1735年)に建てられたもので、木造平屋建て、宝形造、桟瓦葺、桁行3間、梁間3間、正面1間向拝付、外壁は真壁造り板張り、材木問屋白子屋(日本橋新材木町)庄兵衛が娘「お駒」の為に建立したと伝えられています。鐘楼堂は天明4年(1784)に建てられたもので、入母屋、銅板葺、袴腰付、上層部は柱のみの吹き放し、木部は彩色で彩られ異彩を放っています。禅堂は江戸時代、宝蔵は寛政4年(1792)にそれぞれ建立され当時の寺院建築の技術を今日に伝えています。又、位牌堂には義民茂左衛門と同じく処刑された妻の尊牌が祀られています。新上州三十三観音霊場第27番札所。山号:大峰山。院号:長慶院。宗派:曹洞宗。本尊:釈迦如来。

嶽林寺:写真

嶽林寺
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