富岡市: 旧茂木家住宅

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概要・歴史・観光・見所
旧茂木家住宅(富岡市)概要: 茂木家は中世、神農原の土豪領主で大山城の城主野宮氏(初代野宮信勝から信詮まで28代)とされ、戦国時代は北条氏に従った小幡氏の家臣でした(野宮信詮は小幡氏の親戚筋)。天正18年(1590)の小田原の役で北条氏が滅び、小幡氏(甘楽町:小幡城の城主)も没落すると野宮氏は帰農し江戸時代は茂木と名を変え代々神農原の名主を務めました。旧敷地は土塁と幅1間程堀が周囲を囲い一部石垣を用いるなど当時の名主屋敷を特徴を備えています。

現在の旧茂木家住宅主屋は柱の墨書や茂木家に伝来する「用書写」(文化12年:1815年に当時の当主茂木庄右衛門が書き写した古文書)により大永7年(1527)に建築され、年代が明確にわかる民家としては日本最古のものと言われていましたがその後の調査で江戸時代初期(慶安〜寛文年間:1648〜1672年)の建築と推定されています。大永7年(1527)だとすると時代背景的には領主時代でもあり、古材を用いて江戸時代初期に再建されたと考える方が矛盾が少なくなると思われます。旧茂木家住宅は切妻、板葺石置屋根、桁行き15.152m、梁間7.576m、正面と西側には杉皮葺の庇が設けられています。構造(堀立柱・製材しないまま使用)や仕上げ(手斧)、土台が無く石場立、土間と板間の境に大黒柱、天井が無いが中世から江戸時代初期の仕様で、古式を継承している貴重な建物として昭和45年(1970)に国指定重要文化財に指定され、昭和52年(1977)に現在位置である宮崎公園に移築保存されています。

旧茂木家住宅:写真

旧茂木家住宅
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