高崎市榛名山町(門前町・社家町・宿坊町):町並み

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写  真 備  考
榛名神社(門前町)・町並み
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【榛名神社・概要】榛名神社(群馬県高崎市榛名山町)が何時頃から信仰されていたのかは判りませんが、伝承によると綏靖天皇(第2代天皇・在位:紀元前581〜紀元前549年)の御代に可美真手命父子が榛名山の山中に神籬を立て天神地祇を奉祭したのが始まりとされ、用明天皇(第31代天皇・在位:585〜587年)の御代に改めて現在地に社を設けたとされます。境内のある榛名山は赤城山、妙義山と共に上毛三山。筑波山(茨城県)、鹿野山(千葉県)と共に関東三大修験道名山に数えられるなど神聖視されてきた霊山だった事から古代人の素朴な自然崇拝的な信仰が源泉になったかも知れません。平安時代に当時の主要な神社名を式内社として記載した「延喜式神名帳」には上野国(現在の群馬県)では12社の神社が名を連ね榛名神社は「椿榛明神社」として第6位に列した為、上野国六宮として格付けされています。一方、境内からは9世紀の仏教色の強い遺物が発見されている事から、早い時期から神仏習合し、修験道場として発展していたと思われます。平安時代の永観2年(984)に成立した「三宝絵詞」、長元3年(1030)に成立した「上野国交替実録帳」、10世紀中頃に成立(現存するものは天治2年:1125年の写本)した「僧妙達蘇生注記」にも榛名神社と思われる記載があり、引き続き社運、寺運が隆盛していた事が窺えます。戦国時代に入るとかなり荒廃し管理する人も居なくなりましたが、江戸時代に入ると幕府の要人で絶対的な権力を有していた天海大僧正が慶長19年(1614)に「上野国天台宗榛名山巌殿寺法度之事」を定め寛永寺の末寺となる天台宗の寺院を創建し、榛名神社の別当寺院としています。明治時代初頭に発令された神仏分離令や明治5年(1872)の修験道廃止令、廃仏毀釈運動により形式上は仏教色を廃して社号を「榛名神社」に改め郷社に列しています。ただし、境内には旧仁王門だった随神門や三重塔など神仏習合時代の堂宇(社殿)が残り往時の雰囲気が色濃く残されています。

【榛名神社・門前町】−榛名神社は特に関東地方に信仰を広げ、信仰する集落では榛名講と呼ばれる講中があり、信者から少しずつお金を積み立て代表者が榛名神社に参拝しました。これにより榛名神社の門前町には多くの参拝者が集まり活況を呈しました。明治時代の神仏分離令や修験道廃止令、廃仏毀釈運動で大きな打撃を受けましたが現在でも13軒の宿坊があり門倉家住宅(善徳坊)、一宮家住宅(般若坊)、鐸木家住宅(本坊)の3軒は当時の宿坊建築の姿を留めており国の登録有形文化財に登録されています。

【榛名神社・文化財】−本殿、幣殿、拝殿、国祖社、額殿、双龍門、神楽殿、神幸殿、随神門が国指定重要文化財。矢立の杉が国指定天然記念物、鉄燈籠、関流算額(1面)、榛名神社文書(10点)が群馬県指定重要文化財。榛名神社神代神楽が群馬県指定重要無形民俗文化財。神宝殿(三重塔)が高崎市指定重要文化財。萬年泉碑が高崎市指定重要有形民俗資料。榛名神社九折岩・鞍掛岩が高崎市指定名勝。榛名山番所跡が高崎市指定史跡。

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