中之条町: 吾嬬神社

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概要・歴史・観光・見所
吾嬬神社(中之条町)概要: 吾嬬神社は群馬県吾妻郡中之条町山田に鎮座している神社です。吾嬬神社の創建は不詳ですが伝承によると大同元年(810)、坂上田村麻呂がこの地を訪れ吾嬬山頂(標高:1182m)に日本武尊の分霊を勧請したのが始まりと伝えられています(貞観年間?)。永正2年(1505)に山頂に建立された奥宮(石宮)から神像を現在地である里宮に遷座、その後、慶長17年(1612)と元禄2年(1689)に社殿が再建されています。当初は上妻神社と称していましたが寛政12年(1880)に正一位に列せられた際に吾嬬神社に社号を改められています。古くから神仏習合し本山派(天台宗)修験として信仰されてきましたが明治時代初頭に発令された神仏分離令により仏式が廃され明治42年(1909)は山田郷の多くの神社が合祀され総鎮守的存在となっています。

現在の吾嬬神社社殿は宝暦元年(1750)に造営されたもので、本殿は一間春日造り風、銅瓦棒葺きで彫刻等は少なく全体が極彩色で彩られ、拝殿は入母屋、銅板葺、平入、桁行3間で正面欄間部に施された竜と一対の鶴の彫刻が特徴で地方色が見られます。境内には随神門(切妻、銅板葺、三間一戸、八脚門単層門)を配した格式が感じられる空間で、社殿内部には神像4体(男神像:永正2年[1505年]、総高32.5cm、檜材、一木造・男女一対神像:江戸時代初期・薬師如来座像:元和6年[1620年])、棟札2枚(慶長17年:1212年など)、絵馬2枚(宝暦8年:1758年・町田三右衛門寄進など)が奉納され、それぞれ昭和56年(1981)に「吾嬬神社神像群(附:棟札及び絵馬)」として中之条町指定重要文化財に指定されています。御祭神は日本武尊、上妻媛命。上妻媛命は豊城入彦命(上毛野君、上野国造の祖神、赤城神社祭神)の曾孫とされ、絶世の美女だった事から日本武尊に見初められ子を宿すまでになりました。尊が都に戻る際、姫に対して「あなたは吾(私)の妻(嬬)だ」と何度も叫びながらこの地を離れた事から当地が吾妻と呼ばれるようになったと伝えられています(嬬は側室や妾という意味もあります)。

吾嬬神社:写真

吾嬬神社
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