赤岩集落

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概要・歴史・観光・見所
赤岩集落(中之条町・旧六合村)概要: 赤岩集落(群馬県吾妻郡中之条町六合赤岩)は養蚕を生業にしてきた農山村集落で、六合村赤岩集落:町並みにある湯本家住宅旧村名である六合村は、6箇所(小雨、赤岩、生須、太子、日影、入山)の主要な集落で形成された事から名付けられとされ、赤岩集落はその一翼を担っていました。一見すると平地が広がり生産性の高い地域に見えますが、白砂川の河岸段丘上に位置している事から用水の確保は難しく稲作栽培には向かず、里山を利用した様々な副業が行われました。その為、水田よりは畑作中心で耕作されそれを補完する為に麻布や養蚕が盛んになり、天明8年(1788)には女性の生業として麻布の生産に携わっていた事が記載されています。赤岩集落の集落的な発生期限は判りませんが、名主である湯本家は草津温泉(草津町)の湯守で、戦国時代には土豪として甲斐武田家の家臣真田家に従い、武田家の没落後に当地に移り住んだとの伝承が残されている事から、少なくともその前後には集落が形成されていたとも考えられます。赤岩集落では江戸時代後期から末期にかけて養蚕が行われるようになり、明治5年(1872)に官営工場である富岡製糸場(ユネスコの世界遺産・名称:「富岡製糸場と絹産業遺産群」)が完成すると明確に国を挙げて養蚕業での外貨獲得政策が打ち出され、赤岩集落でも半農から養蚕業に転じた家が多く主産業として発展しました。明治時代後期には更なる養蚕の生産性を上げる為、高山社(養蚕指導組織)の指導を受け昭和初期まで一大生産地として発展しました。昭和30年以降に養蚕業は衰退し、赤岩集落も衰微しましたが、現在でも集落内には養蚕農家の特徴を持つ古民家が多数残され良好な山村集落の景観が維持されています。

【 赤岩集落の特徴 】−赤岩集落(旧六合村)は白砂川の六合村赤岩集落の名主だった湯本家の正面アップ画像浸食と運ばれてきた土砂により造り上げられた河岸段丘のさらに山裾に張り付くように集落が形成され、横切るように街道が貫き、その道沿いに家屋が取り付いています。赤岩集落には個々の建物が文化財クラスと言う訳ではありませんが、江戸時代後期から明治時代に建てられた主屋や土蔵、付属舎、庭といった基本構成からなる屋敷が連続して、当時の日本の原風景的な景観を保持しています。特に養蚕を行った住宅は1階が居住区、2階が養蚕と作業空間という独特な平面を持つ建物として発展し、特に2階は蚕棚が並び易いように工夫され、廊下部分が出桁造りによって外壁外部に張り出され、今で言うベランダのような特異な形状を持っています(建物内部に十分な作業空間を確保し、廊下などの動線は外壁外部に押し出した形式)。又、集落内には上の観音堂(宝暦14年:1764年建築)や毘沙門堂(大正10年:1921年建築)、東堂(19世紀前半建築)、向坂の観音堂(文化8年:1811年建築)、赤岩神社(明治41年:1908年、集落内に鎮座していた5社を合祀して創建)といった小さな宗教施設が残っているのも特徴の一つで現在でも大切に維持管理がなれて当時の生活の一端を見ることが出来ます。

【 赤岩集落の構成要素 】−伝統的建造物(建築物):主屋18件、付属舎11件、蔵33件、宗教施設5件(観音堂・毘沙門堂・東堂・向坂の観音堂・赤岩神社)、合計67件。伝統的建造物(工作物):石造物32件、石垣68件、井戸3基、火の見櫓1件、木造物5基、石段8件、合計117件。六合村赤岩集落は山村養蚕集落として特色ある歴史的風致を伝え「伝統的建造物群及びその周囲の環境が地域的特色を顕著に示しているもの」との選定基準を満たしていることから東西約1070m、南北約930m、約63haが平成18年(2005)に名称「中之条町六合赤岩伝統的建造物群保存地区」として国の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されています。

【 湯本家 】−赤岩集落の名主を歴任した湯本家は木曽義仲の家臣だった望月御殿助(細野姓→湯本姓)の後裔を自称する旧家で、草津温泉の湯守を勤めた湯本氏とも遠戚関係と云われています。伝承によると湯本家の先祖の娘が義仲の愛妾で身重だった事から、義仲が近江(現在の滋賀県)の戦いで源頼朝に派遣された源範頼、義経軍に敗れ自害する前に、逃げるように命じられ草津温泉の近くまで落ち延びたそうです。その後、敵である源頼朝に認められた事で草津周辺の地頭に命じられ、娘の子供、即ち木曽義仲の子供が家督を継いだそうです。草津の湯本氏は地頭、湯守をしながら土豪として力を付け戦国時代には真田家の家臣として度々合戦にも参加していましたが、武田家が滅亡し真田本家も慶長5年(1600)の関ヶ原の戦いで西軍に与し改易になると湯本氏も本来の湯守に戻り、その一族の一部が赤岩集落に流れ帰農したそうです。赤岩集落の象徴的な建物である名主湯本家住宅(平成11年:1998年六合村指定重要文化財に指定。)は木造3階建、1階、2階は享和3年(1803)、3階は明治30年(1897)に建てられたもので切妻、鉄板葺、2階から上部は大壁、塗屋造り、黄色がっかった土壁が印象的で正面は前述の通り廊下が前に張り出し養蚕が行われていた特長が残されています。又、幕末には幕府の政策に異を唱え罪人として追われる立場になった蘭学者、高野長英(水沢領主水沢伊達氏家臣・後藤実慶の三男)を匿ったとの伝承が伝えられており歴史的にも興味深いものがあります(湯本家住宅の2階には長英を匿ったと伝わる「長英の間」と呼ばれている部屋があります。又、同じ中之条町にある沢渡温泉にも高野長英を隠匿したとの伝説が残されています)。

赤岩集落(景観・建造物):写真

六合村赤岩集落の遠景
[ 付近地図:群馬県中之条町六合赤岩 ]・[ 中之条町:歴史・観光・見所 ]
六合村赤岩集落:町並み 六合村赤岩集落:町並み 六合村赤岩集落の毘沙門堂の例祭で掲げられているのぼり旗 六合村赤岩集落に境内を構えている毘沙門堂
六合村赤岩集落の幹線沿いに建てられた土蔵 六合村赤岩集落:町並み 六合村赤岩集落の名主湯本家の邸宅の正面 六合村赤岩集落:町並み
六合村赤岩集落:町並み 六合村赤岩集落:町並み 六合村赤岩集落に鎮座している赤岩神社の鳥居 六合村赤岩集落:町並み
六合村赤岩集落:町並み 六合村赤岩集落:町並み 六合村赤岩集落:町並み 六合村赤岩集落に建立されている双体道祖神


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