桃瀬(横尾)の水牢(中之条町)概要: この水牢は中世の領主である斉藤家(岩櫃城の城主)の時代に造られたものとされ、永禄8年(1565年)に岩櫃城が落城し斉藤家が滅亡すると新たに城主となった真田家が受継いだとされています。江戸時代に入ると引き続き沼田藩(群馬県沼田市・藩庁:沼田城)の藩主となった真田家が引き続き使用したと推定されるています。水牢の規模は12m四方で周囲を石垣で囲い木戸を設けたもので罪を犯した又は嫌疑をかけられた女性は70p位、男性は首が浸かるまで入れられ体温低下による拷問が行われ、余りにも悲惨な光景だったとされます。桃瀬(横尾)の水牢は吾妻東部に8箇所あった水牢の中で唯一原形に近い形が残っている貴重なものとして貴重な事から昭和54年(1979)に中之条町指定史跡に指定されています。
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