甘楽町: 宝積寺

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概要・歴史・観光・見所
宝積寺(甘楽町)概要: 鷲れい山宝積寺は群馬県甘楽郡甘楽町轟に境内を構えている曹洞宗の寺院です。宝積寺の創建は不詳ですが当初は南方の山の中腹に庵を構え天寿庵と称していました。境内には弘安3年(1280)、正安4年(1302)、延慶2年(1309)石碑があり少なくともそれ以前から存在し大きな影響力をもっていたと思われます。当初は天台宗の寺院でしたが中世に入ると領主である小幡実高が中興開基となり室町時代の宝徳2年(1450)に即庵宗覚禅師(茨城県東昌寺)を招いて曹洞宗寺院とし、再興し歴代小幡家の菩提寺となりました。小幡氏は武田家に仕え、その後小田原北条氏に仕えるなどいずれも主家が滅亡した為没落しましたが歴代の墓は住職と子孫(天正18年:1590年、小田原の役で主家である北条家が滅び、居城だった国峯城が落城すると国人領主としての小幡家は没落し、後裔が幕府の御家人になったとも、松本藩の藩士になったとも云われています。)が守り続け平成元年(1989)に甘楽町指定史跡に指定されています。江戸時代に入った元和3年(1617)、織田信良が2万石で小幡藩(藩庁:小幡陣屋)の藩主となると自らの菩提寺としました(4代信久が新たに菩提寺とした再興させた崇福寺に3代の墓碑を改葬)。新上州三十三観音霊場第19札所。 東国花の寺百ヶ寺群馬第4番札所。小幡七福神(布袋尊)。山号:鷲れい山。宗派:曹洞宗。本尊:釈迦如来。

宝積寺の現在の本堂は江戸時代後期の寛政5年(1793)に建てられたもので、木造平屋建て、寄棟、銅板葺、平入、桁行11間、外壁は真壁造り白漆喰仕上げ、開山堂の天井には狩野派によって絵画が描かれています。境内には歴代小幡家の墓碑の他、菊女(小幡信貞の側室で寵愛を受けた事から正室や他の側室から恨みをかい、有らぬ罪を着せられ、蛇責めの刑に処せられた。菊女の恨みによる祟りは度々小幡家を震撼させ、何度も追善供養が行われ「番町皿屋敷」の源流になったとも。)と母の墓、宝暦6年(1756)から明和7年(1770)にかけて建立された"身代わり地蔵(特に内臓病に御利益)"、永禄6年(1563)宝積寺合戦の折、巌空坊が切腹した伝説が残る"天狗の腹切り石"、甘楽町銘木十選に選定されている"しだれ桜(推定樹齢150年)"と"大いちょう(推定樹齢300年、樹高30m)"などがあります。

宝積寺は寺宝も多く、「観音図並びに文机(観音図:室町時代初期、画僧明兆筆・文机:三代将軍徳川家光寄進)」と「幡氏旧領弁録(安政6年:1859年、小幡龍蟄筆、2冊、縦24cm、横15cm)」が甘楽町指定重要文化財に指定されています。

【 宝積寺菩提者:小幡家 】-小幡家は武蔵七党(横山党・猪俣党・野与党・村山党・児玉党・西党・丹党)の児玉党一族である秩父(児玉)行高の子供、行頼が上野国甘楽郡の郡司として小幡の住し小幡氏を称したのが始まりとされます。室町時代に入ると山内上杉氏が台頭し上野国の守護職を担うようになると被官として従い大きな勢力を持つようになります。上杉氏が関東管領になるとその重臣として上州八家(小幡氏・白倉氏・安中氏・倉賀野氏・桐生氏・由良氏・山上氏・沼田氏)、四宿老(長尾氏・大石氏・小幡氏・白倉氏)などに数えられました。戦国時代に入ると小田原北条氏や武田氏の侵攻により上杉氏も弱体化し、天文21年(1552)に上杉氏の居城である平井城が北条方に落とされると凋落は顕著となり、当時の関東管領である上杉憲政は越後の長尾景虎(上杉謙信)を頼り上野国を離れています。当主である小幡憲重は一時、北条氏に下りましたが早々と離反し、その後は武田家の家臣として信頼を得て西上野侵攻への先鋒的な立場となっています。

小幡憲重の跡を継いだ信貞は最強を誇った武田軍の中でも赤備えの部隊を率いた事で、上州の朱武者として恐れられ「武田二十四将図」にも描かれています。天正10年(1582)、武田家が滅亡すると織田信長の家臣で上野国に派遣された滝川一益に与し、同年、本能寺の変で信長が自刃すると北条家が蹂躙、神流川の戦いで一益が敗北し本領に退くと信貞は北条家に降っています。天正18年(1590)の小田原の役では小田原城に籠城、居城である国峰城も豊臣軍の侵攻により落城し大名家としての小幡氏は没落しました。宝積寺(甘楽町)は小幡家の菩提寺で、宝積寺境内には小幡家歴代の墓碑が建立され甘楽町指定史跡に指定されています。

宝積寺:写真

宝積寺
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