高崎市: 龍広寺

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概要・歴史・観光・見所
龍広寺(高崎市)概要: 龍広寺は群馬県高崎市若松町に境内を構えています。天正18年(1590)、徳川家康の関東移封に伴い、徳川四天王の一人井伊直政は箕輪城に配され、箕輪城の鬼門鎮護として大中寺(栃木県栃木市大平町西山田にある曹洞宗の寺院で関三刹の1つ)から白庵秀関大和尚を招いて龍門寺を創建しました。慶長3年(1598)、徳川家康の命で、居城を箕輪城から和田城(現在の高崎城)に遷る事となり、直政は地名変更を思い立ち、「鷹ヶ崎」と「松ヶ崎」どちらの地名が良いか白庵秀関大和尚に尋ねると、「鷹」は何時か命が尽きましょう。「松」は何時か枯れましょう。この地は延々と続き成功高大になる事を鑑みて「高崎」ではどうでしょうか。と答えました。直政は良い考えと即座し地名を「和田」から「高崎」に改名したと伝えられています。高崎城の改修、拡張工事が竣工すると、白庵秀関大和尚を招いて高崎城の城下町に龍広寺を創建、山号は和尚が名付けた高崎に因み「高崎山」、院号は井伊直政の戒名「祥壽院殿清涼泰安大居士」に因み「清凉院」と号しました。境内墓地には、日露戦争時捕虜となったロシア人の墓(高崎市指定史跡)や、俳人「村上鬼城」の墓(高崎市指定史跡)と句碑(大寺や松の木の間の時雨月)、豊川叱枳尼天堂などが建立されています。宗派:曹洞宗。本尊:釈迦牟尼仏。

龍広寺:写真

龍広寺
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