高崎市: 箕輪城(日本100名城)

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概要・歴史・観光・見所
箕輪城(高崎市)概要: 箕輪城(群馬県高崎市箕郷町)は戦国時代の永正9年(1512)に長野業尚によって築いたのが箕輪城始まりとされます。長野氏は古くから関東管領上杉氏の重臣としてこの地に土着した国人領主で、天文15年(1546)河越城の戦いで当時の管領上杉憲政が北条氏綱(北条早雲の嫡男・小田原北条家2代目当主)に破れ越後へ落ちると、これを期に独立し領土を広げました。長野業政は名君の誉れ高く上杉謙信(春日山城の城主、関東管領)が後ろ盾となると西上野を束ねる旗頭的存在となり、吾妻郡、小幡地方、大胡地方まで版図を広げました。一方、箕輪城は当地方の中心的な城郭だった為、上野国の支配を狙う甲斐武田氏や小田原北条氏が何度も侵攻し、次第に箕輪城の防衛能力の向上の必要性が求められその都度、拡張、整備が行われました。その後も、箕輪城を巡る攻防戦が繰り広げられましたが何れも業政によって撃退され長野家の最盛期を築きました。

【 武田氏の侵攻と長野氏 】−永禄4年(1561)に業政が享年72歳で死去すると長野家に陰りが見え始め、間隙を突いた武田信玄の大軍勢が上州に進軍、僅か14歳で跡を継いだ長野業盛は激しく抵抗したものの、和田城(高崎城)は開城、倉賀野城(群馬県高崎市倉賀野町)、安中城(群馬県安中市安中)、松井田城(群馬県安中市松井田町高梨子)、岩櫃城(群馬県吾妻郡東吾妻町)、嶽山城(群馬県吾妻郡中之条町)が次々と落城、永禄9年(1566)には武田軍の2万の兵が箕輪城を取り囲みました。業盛は1千5百の兵を率い籠城戦を行いましたが、最後の支城、鷹留城(群馬県群馬郡榛名町下室田)とも分断され遂に落城、御前曲輪で自刃しました。享年19歳。御前曲輪の古井戸の底には複数の墓碑があり、武田家から長野家の先祖の墓を守る為に埋められたものと推定されています。武田信玄の箕輪城攻略は上野国進出する為に必須で足かけ10年に及んだとされ、永禄8年(1555)には諏訪大社上社(信濃国一之宮:長野県諏訪市)に箕輪城、惣社城、白井城白井宿)、嶽山城の攻略の願文、新海三社神社(長野県佐久市)に箕輪城、惣社城、白井城、嶽山城、尻高城の攻略の願文が奉納されています。

【 武田氏の没落と北条氏 】−以後は武田氏の上野国侵攻の軍事的拠点として春日弾正忠、真田幸綱、甘利昌忠、金丸虎義、真田幸隆、浅利信種、内藤昌豊などの重臣が城代として赴任しますが天正10年(1582)に武田勝頼が天目山の戦いに敗れ自刃し武田家が滅ぶと北条氏が上野国に侵攻、しかし、織田信長の上野攻略により家臣である滝川一益(織田四天王の一人)が領主となります。同年、本能寺の変で信長が自刃すると一益は後ろ盾を失った事で大きく動揺し、その間隙を突き再度上野国に侵攻した北条軍と神流川の戦いで決戦を挑み大敗、その後、本領(伊勢国=三重県)に引き上げ為、再び当地域は北条氏の支配となり、箕輪城には小田原北条家第4代当主北条氏政の弟である北条氏邦が配されます。天正18年(1590)、小田原の役では豊臣秀吉に従った前田利家や上杉景勝といった北陸地方の諸大名による連合軍により侵攻され箕輪城は開城、小田原城(神奈川県小田原市)が落城し小田原北条家が滅ぶと徳川家康が関東に入封し箕輪城には重臣である井伊直政が12万石で配されます。この次期に箕輪城が現在見られるような近代的城郭に改修されましたが、慶長3年(1598)に家康の命で直政が高崎城へ移った事で箕輪城は廃城となり、廃材が高崎城に利用されたと云われています。

【 箕輪城の縄張り 】−箕輪城は梯郭式平山城で西側が榛名白川、南側が榛名沼を天然の外掘とし東と北側に掘を設ける事で外部からの備えとしました。城域は標高270m、面積47ha、東西約500m、南北約1100mに及び、本丸を中心に御前曲輪(本丸の詰として配された郭で西南隅には櫓が設けられ、郭内には持仏堂が建立されていました。箕輪城が落城した時は長野業盛が持仏堂で自刃したと伝えられています。)、二ノ丸、郭馬出、三之丸、鍛冶曲輪、通仲曲輪、稲荷曲輪、帯曲輪、新曲輪とあり玉木山が出城のような役割を持っていたと思われます。箕輪城は大きく南北に分かれ、その間には深さ10m程度の大堀切(空堀)があり、それぞれの郭との間にも空堀が配され要所には石垣も用いられました。現在の箕輪城は郭の形状や土塁、空掘り、石垣などの遺構がよく保存されていて昭和62年(1987)に国指定史跡に指定され、平成18年(2006)に日本100名城にも選定されています。

箕輪城:写真

虎韜門
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鍛治曲輪の石垣 鍛治曲輪 三の丸門跡と石垣 三の丸 三の丸土塁
空掘 大堀切と土橋 空掘 郭馬出 二の丸
本丸馬出し 本丸 本丸土塁 本丸空堀 御前曲輪

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