上野国一社八幡宮

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概要・歴史・観光・見所
上野国一社八幡宮(高崎市)概要: 上野国一社八幡宮は群馬県高崎市八幡町に鎮座している神社です。創建は天徳元年(957)、源頼信(源満仲の3男、河内源氏の祖 ※一般的に言われている生年月日からは矛盾があります)が京都の石清水八幡宮(京都府八幡市八幡高坊)の分霊を勧請したのが始まりと伝えられています。当初、八幡宮は一国一社の建立だった為、上野国一社八幡宮とも称されています。歴代領主や支配者に崇敬され、平安時代後期の永承年間(1046〜1052年)には源頼義が奥州征伐(前九年合戦)の際戦勝祈願し見事念願成就すると、康平年間(1058〜1064年)に神意に感謝し源義家が社殿を改修しています。その後は主に源氏の血筋から庇護され源頼朝は社殿の造営と社領(神田百町)の寄進したのをはじめ新田氏、足利氏、武田氏も厚く崇敬し、江戸時代に入ると徳川家から庇護され朱印地100石を賜っています。

上野国一社八幡宮は江戸時代から神仏混合になったとされ境内には旧護摩堂(現在の拝殿)、旧仁王門(神門:三間一戸、八脚単層門、切妻、銅板葺、仁王像は失われています。)や旧本地堂(天満宮:木造平屋建て、入母屋、鉄板葺、妻入、間口2間、正面1間唐破風向拝付)、鐘楼(入母屋、鉄板葺、袴腰、上層部外壁は吹き放し、昭和53年:1978年に鋳造の釣鐘。)などがあり当時の名残が見られます。明治時代初頭に発令された神仏分離令により別当寺院だった神徳寺が廃され郷社に列しました(神仏習合時代は神徳寺を中心に社僧・社家合わせて24家による祭祀組織だったそうです)。祭神は品陀和気命(応神天皇)、並神は息長足姫命(神功皇后)・玉依姫命。

現在の上野国一社八幡宮社殿は宝暦7年(1757)に建立されたもので、拝殿(木造平屋建て、入母屋、銅瓦棒葺、平入、正面千鳥破風、桁行8間、張間4間、正面1間軒唐破風向拝付、外壁は真壁造り板張り)、幣殿(両下造、銅板葺、桁行3間、張間2間、花頭窓付)、本殿(三間社入母屋造、銅板葺、平入)が一体となる権現造り、精巧な彫刻や極彩色、金箔など豪華な仕上げで、江戸時代中期の社殿建築の遺構で優れた意匠を有する貴重な存在である事から平成10年(1998)に高崎市指定重要文化財に指定されています。

文化7年(1810)に和算家小野栄重の門人達が奉納した算額と、天保5年(1834)に岩井重遠(和算家小野栄重の弟子)の門人達が奉納した算額、安政7年(1860)に和算家中曽根氏の門人達が奉納した算額は貴重な事から昭和31年(1956)に群馬県指定重要文化財に指定されています。唐銅燈籠は高崎出身の豪商野澤屋惣兵衛(茂木惣兵衛)が大旦那となり、主に糸繭商人を浄財を募り慶応3年(1867)に奉納したもので、糸繭商人献納の燈籠としては貫前神社(富岡市)妙義神社(富岡市)と共に養蚕業や生絹生産と関係が深かった地域の歴史を知る貴重なものとして平成17年(2005)に高崎市指定重要文化財に指定されています。

上野国一社八幡宮神楽殿は木造平屋建て、入母屋、銅板葺、正面3方の外壁は吹き放し、例祭には「八幡宮大大御神楽」が奉納されます。随身門は社殿と同時期の江戸時代中期に造営されたもので三間一戸、八脚単層門、切妻、銅板葺、木部朱塗り、左右には随身像が安置されています。境内には上野国一社八幡宮の神官である矢口一彡が天保15年(1844)に建立した「ものいへは唇寒しあきの風」の芭蕉句碑があります。

上野国一社八幡宮の文化財
・ 社殿(拝殿、幣殿、本殿)-天地権現造り-宝暦7年-高崎市指定重要文化財
・ 算額(三面)−天明7年・天保5年・安政7年−群馬県指定重要文化財
・ 大大御神楽−宝暦4年復興−高崎市指定無形民俗文化財
・ 胴丸2領−南北朝時代(室町時代)−高崎市指定重要文化財
・ 唐銅燈籠−慶応3年−野澤屋惣兵衛奉納−高崎市指定重要文化財
・ 境内森林−群馬県及高崎市緑地保全地区

上野国一社八幡宮(本殿・拝殿):写真

八幡宮境内正面に設けられた神門(旧仁王門)
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八幡宮随身門から見た境内 八幡宮拝殿正面とその前に置かれた銅製燈篭 八幡宮 八幡宮
八幡宮 八幡宮 八幡宮 八幡宮

上野国一社八幡宮:歴史的建造物

本殿本殿
・本殿は江戸時代中期の文化11年(1750)、又は宝暦7年(1757)に造営されたもので、三間社入母屋造、銅板葺、平入、外壁は真壁造り板張り着色仕上げ、欄間部には精緻な彫刻が施されています。又、本殿は拝殿、幣殿とが一体で構成されている権現造(上野国一社八幡宮では特に天地権現造と呼んでいるようです)、内部には祭神である品陀和気命、息長足姫命、玉依姫命の三神が祭られています。高崎市指定文化財。
拝殿拝殿
・拝殿は上野国一社八幡宮が神仏習合時代に仏教色の強い護摩堂の役割を持った建物で、内部にはその名残を見る事が出来ます。現在の建物は江戸時代中期の文化11年(1750)、又は宝暦7年(1757)に造営されたもので、木造平屋建て、入母屋、銅瓦棒葺、平入、正面千鳥破風、桁行8間、張間4間、正面1間軒唐破風向拝付、本殿と幣殿とが一体となる権現造、高崎市指定文化財。
幣殿幣殿
・幣殿は江戸時代中期の文化11年(1750)、又は宝暦7年(1757)に造営されたもので、両下造、銅板葺、外壁には仏教色の強い花頭窓(松の透かし彫り付)、外壁は真壁造り板張り極彩色仕上げ、本殿、拝殿とが一体となる権現造、高崎市指定文化財。
天満宮天満宮
・天満宮は神仏習合時代に、上野国一社八幡宮の本地仏を安置する本地堂でした。明治時代に神仏分離令により仏教色が一掃されると、菅原道真の御霊が勧請され社号を「天満宮」に改め破却を免れています。建物は木造平屋建て、入母屋、鉄板葺き、妻入り、桁行2間、正面1間向拝付き、木鼻や向拝、懸魚などには精緻が彫刻が施されています。
神楽殿神楽殿
・神楽殿は木造平屋建て,入母屋,銅板葺き,妻入(妻面が拝殿に対しています),外壁は3方が柱のみの吹き放し,外壁は真壁造り板張り朱塗り。1月第2月曜日の新年大祭、4月4日の宵まつり,4月5日の春まつり,11月3日の秋まつり、12月31日の二年参りには高崎市無形民俗重要文化財に指定されている「八幡宮大大御神楽」が奉納されます。
鐘楼鐘楼
・上野国一社八幡宮鐘楼は神仏習合時代に設けられた仏教色の強い施設ですが、廃仏毀釈運動後も破却が免れたようです。建物は入母屋、鉄板葺き、袴腰付、上層部は柱のみの吹き放し、昭和53年に鋳造された釣り鐘が吊り下げられています。
神門(神社山門)神門(旧仁王門)
・上野国一社八幡宮の神門は神仏習合時代に仁王門だった建物で、神仏分離令とその後に吹き荒れた廃仏毀釈運動後は仁王像が失われ、現在は提灯がぶら下げられています。建物は切妻、銅板葺き、三間一戸、桁行3間、張間2間、八脚単層門、外壁は真壁造り板張り木部朱塗り。
随神門(神社山門)随神門(神社山門)
・正面の設けられた仁王門とは異なり、神式の随神が安置されている随神門です。建物は切妻(平唐門風に大きなむくりが付いています)、銅板葺き、三間一戸、八脚単層門、外壁は朱塗り。


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