前橋市: 龍海院

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概要・歴史・観光・見所
龍海院(前橋市)概要: 大珠山是字寺龍海院は群馬県前橋市紅雲町二丁目に境内を構える曹洞宗の寺院です。龍海院の創建は平安時代の享禄年間(1528〜1532年)に徳川家康の祖父にあたる松平清康の庇護のもと模外惟俊大和尚(当時は愛知県田原市にある長興寺の住職)が岡崎城下(愛知県岡崎市)に開山したのが始まりとされます。伝承によると清康の霊夢に是の字を左手で握る姿を見たことを不思議に思い、惟俊和尚にその話しをすると、和尚は「是」とは即ち「道理」である、そして「道理」とは即ち「正道」である、そして「是」の字は「日」、「下」、「人」の字から成っている。「日」はすなわち「天」、清康様が正しい道を進めば天下人になるだろうと予言しました。その予言を信じた清康は満珠山是字寺龍海院を創建し和尚を住職にしたと伝えられています。その後、徳川家康の命で重臣である酒井家の菩提寺となり酒井家が転封する度に随行し天正18年(1590)に川越(埼玉県川越市)、慶長6年(1601)に前橋岩神に、元禄年間(1688〜1704年)に現在地に移っています(岡崎にある龍海院は慶長6年:1601年、岡崎藩主となった本多康重が再興、後に藩主となった水野家の菩提寺となっています。)。9代藩主酒井忠恭は寛延2年(1749)に姫路(兵庫県姫路市)へ移封となりましたが、龍海院はこの地に留まり、移封後の酒井家当主もこの地に葬られています。

現在も境内には初代酒井重忠から15代までの墓石が並び昭和39年(1964)に前橋市指定史跡に指定されています。龍海院の本堂は文政年間(1818〜1830年)に再建されたもので、木造平屋建て、入母屋、瓦葺き、平入、正面1間唐破風向拝、桁行8間、外壁は真壁造り白漆喰仕上げ、接続している位牌堂(御霊屋)には歴代藩主と正室の位牌が安置されています。境内正面の山門は、本堂と同様に文政年間(1818〜1830年)に造営されたもので三間一戸、八脚楼門、入母屋、桟瓦葺、外壁は真壁造り板張り、上層部左右には花頭窓、高欄付き、「是字寺」の扁額、下層部左右には増長天王像、毘沙門天王像が安置されています。鐘楼堂は、入母屋、桟瓦葺き、上層部外壁は真壁造り白漆喰仕上げ、正面に花頭窓、左右に丸窓、高欄付き、下層部は袴腰。山号:大珠山。寺号:是字寺。宗派:曹洞宗。本尊:釈迦三尊。

龍海院:写真

龍海院
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