群馬県の日本三大(三古碑・不動尊・三名泉)

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群馬県の日本三大・概要

群馬県には日本三大○○が幾つか存在しますが、今回は日本三大古碑の1つに数えられている多胡碑と日本三大不動尊の1つに数えられている大岩不動尊、日本三大薬泉と日本三名泉の1つに数えられている草津温泉を紹介します。

日本三大古碑:多胡碑

多胡碑(日本三大古碑)

多胡碑概要: 多胡碑多胡碑高崎市吉井町)の建立年は不詳ですが、一般的には和銅4年(711)に新しい郡である多胡郡が成立した記念事業の一環だったと推定され概ね8世紀に制作された石碑と考えられています。多胡碑と同じ町内には多胡郡が成立した前後に郡内総鎮守に選定された辛科神社が鎮座して関係性が窺えます。大和朝廷が衰退後も大切に保管されていたと推定され碑文の文字も比較的良好に残っており、書体自体も価値があるとして書道家からも評価されています。材質は近隣から産出される多胡石(砂岩)で塔高さ125p、幅60cm、碑文は6行、80文字で構成されています。極めて貴重な石碑であることから多賀城碑(宮城県多賀城市)、那須国造碑(栃木県大田原市)とともに日本三大古碑の一つ、山ノ上碑高崎市:国指定特別史跡)、金井沢碑とともに上野三碑の1つに数えられています。多胡碑は昭和29年に国指定特別史跡に指定されています。

日本三大不動尊:大岩不動尊

大岩不動尊(日本三大不動尊)

大岩不動尊概要: 大岩不動尊大岩不動尊中之条町)は古から信仰の対象になっていたようで、本堂の先には霧降の滝があり幾つか石積があり荘厳な雰囲気を残しています。堂宇は何れも大岩に張り付くように建てられており、自然崇拝の名残が感じられます。参道にある大杉(三叉杉)は推定樹齢800年で伝承によると嘉永年間(1848〜1854)に不動堂が火事により焼失した際、御本尊がこの木に飛び移り難を逃れたと伝えられています。

日本三大薬泉・日本三名泉:草津温泉

草津温泉(日本三大薬泉・日本三泉)

草津温泉(群馬県草津町)概要: 草津温泉草津温泉は古から名湯として知られ、有馬温泉、下呂温泉と共に日本三名泉に数えられています。日本武尊が発見したのが始まりとも、養老年間(717〜24)に行基が発見したのが始まりとも云われています。歴史書的には鎌倉時代に編纂された「吾妻鏡」に源頼朝が入湯した事が記されており(現在でも湯畑の上流には頼朝が座っと伝えられる御座石や祠が残っています)、その時温泉を開発した家臣がそのまま湯守となり湯元氏を名乗るようになったそうです(上記は草津温泉の伝説の定番ですが、実際の「吾妻鏡」にそのような記述は無く、草津温泉の格式を上げる為に誰かが仕組んだものと思われます。同じく群馬県では源頼朝と関係性を自称する温泉が点在しています)。その後も草津温泉の名声は高まり多くの文人没却が訪れるようになり戦国時代には豊臣秀次や前田利家といった大名にも利用されました。江戸時代に入ると子宝や花柳病(梅毒疾患)に効能がある事が知られるようになると一般民衆も湯治を楽しみだし多くの湯屋が設けられ「草津千軒江戸がまえ」などと謳われました。

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