桐生市: 大雄院

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概要・歴史・観光・見所

大雄院(桐生市)概要: 広沢山大雄院は群馬県桐生市広沢町3丁目に境内を構える曹洞宗の寺院です。大雄院の寺宝である大雄院刺繍涅槃図の画像大雄院の創建は安土桃山時代の天正11年(1583)、当時の桐生城代藤生善久(由良氏家臣)が開基となり春朔和尚(上野国沼田にある恕林寺の僧侶)を招いて開山したのが始まりとされます。由良氏が牛久(現在の茨城県牛久市)に移封になると、もっぱら周辺の土豪や豪農などから帰依され、彼らから田畑や寺宝、法具などが寄進、奉納されています。現在の大雄院山門(桐生市指定重要文化財)は寛保3年(1743)に中里新左衛門の寄進によって建立されたもので、三間一戸、桁行3間、張間2間、八脚楼門、入母屋、銅板葺き、下層部には持国天、増長天、広目天、多門天の四天王を上層部には十六羅漢像を安置、上層外壁と軒下が朱色で彩られ、下層部の欄間には極彩色で彩られた精巧な龍の彫刻が施されています(四天王を安置した楼門建築は桐生市唯一)。

寺宝の大雄院刺繍涅槃図は宝永2年(1705)に五郎兵衛の手によって制作されたもので高さ245p、幅240p、江戸時代に制作された数少ない大型な刺繍涅槃図として貴重な事から昭和38年(1963)に群馬県指定重要文化財に指定されています。本堂は木造平屋建て、入母屋、本瓦葺き、平入、桁行8間、正面3間向拝付き、外壁は真壁造白漆喰仕上げ、花頭窓付、内陣には本尊となる釈迦如来像が安置されています。東上州三十三観音霊場第26番札所(札所本尊:馬頭観世音菩薩)。山号:広沢山。宗派:曹洞宗。本尊:釈迦如来。

【 参考:サイト 】
公式ホームページ

大雄院:境内・楼門・本堂・写真

大雄院参道石段と石燈篭
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大雄院参道石段から見上げた山門(楼門) 大雄院山門(楼門)から見た境内と大香炉 大雄院本堂とその前に設けられた銅製燈篭 大雄院境内に設けられた庭園の池の畔の三重塔
独り言

大雄院の開基者である藤生善久は文武両道を極めた武将で、当初は渡瀬繁詮に仕え家老を担い、その後は由良国繁の家臣として天正元年(1573)に桐生氏を破り、天正7年(1579)には松島入道古柏、阿久沢道伴等を降伏に追い込んでいます。天正10年(1582)には十二ヶ条の教えを記載した「藤生紀伊守言上之事」を筆し国繁に領主としての心掛けを諭しています。天正11年(1583)に大雄院を創建、天正12年(1584)には妙印尼輝子の呼びかけに応じて金山城に籠城し北条方と対峙しています。天正18年(1590)に発生した小田原の役の際、小田原城の籠城に参加したものの7月5日に北条氏直が降伏して開城、8月7日に藤生善久は死去しています。



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