桐生市(歴史)概要: 桐生市は古くから開けていた地域で縄文時代後期 の遺跡である千網谷戸遺跡で発見された「千網式土器」は標識遺跡となっている他、大型で精巧な耳飾りは当時の文化、技術の高さがわかるものとして国指定重要文化財に指定されています。平安時代になると賀茂神社が勧請されるなど中央との繋がりも強くなり後期になると桐生氏などの支配層も確立してきたと思われます。室町時代に入ると桐生氏の勢力も広大し周辺地域も支配下に入れますが親綱代で衰退し元亀4年(1573)由良成繁(金山城の城主)によって桐生の地を追われます。
その後、由良氏は小田原北条氏に組みした為、天正18年(1590)に発生した小田原の役によって北条氏が滅びると牛久領(茨城県牛久市)に移されます。江戸時代に入ると館林藩(藩庁:館林城)に属し、中期になると多くの旗本領として分断され、大きな支配層がないまま明治維新を迎えます。
桐生の地は古くから養蚕が盛んな地域で特に江戸時代以降は絹織物業が栄え、"京の西陣、東の桐生"とまで言われるほど全国に名を馳せました。現在でも桐生市には織物工場特有のノコギリ屋根の建物が点在し独特の景観を見ることが出来、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。
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