桐生市: 彦部家住宅

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概要・歴史・観光・見所
彦部家住宅(桐生市)概要: 彦部家は天武天皇の第一子、高市親王(第一子だったものの、母親の身分から皇族では第8位という位に甘んじていましたが、壬申の乱などの功績を重ね第3位まで位を上げ、太政大臣に赴任しています。)を祖とする旧家で、その後は武士として下野国佐久山や、奥州斯波郡彦部郷の領主となり室町時代には幕府の家臣となり歴代足利将軍に仕えます。戦国時代に桐生市広沢に下向し金山城主由良成繁に仕え、由良氏が牛久(茨城県牛久市)に移封後も当地に土着しました。その為、土豪として当地域の支配階級にあたり屋敷は中世の豪族の館の名残が随所に見られます。敷地の廻りには掘と土塁を廻らし、一画には櫓台と称する高台があり、正面入口は長屋門を配し、裏側の入口は搦手と呼ばれ虎口(直接、敷地内に入れない事から防御に的し城門などで採用されています。)になっています。

彦部家住宅の母屋は江戸時代前期に建てられたと推定される建物で、木造平屋建て、寄棟、茅葺、平入、桁行18m、梁間10.4m、正面の大部分は土間で、背後には、オモテザシキ(畳12帖+床の間)、オクザシキ(畳10帖)、ウラザシキ(畳7.5帖)、ナンド(畳6帖)、広間(タケスノコ床)などが配されています。同様に敷地内には長屋門(18世紀頃、寄棟、茅葺、桁行き16.2m梁間3.8m)や冬住み(木造平屋建て、寄棟、茅葺、桁行き10.3m、梁間3.8m)、文庫倉(土蔵、切妻、金属板葺、桁行き10.9m、梁間4.7m)、穀倉(安政3年:1774年頃、土蔵、切妻、桟瓦葺置屋根、桁行き3.8m、梁間9.4m)、竹ヶ岡八幡宮、医務所、元寄宿舎、元工場、庭園(地泉回遊式庭園:17世紀作庭)があり敷地内にある石垣や堀、土塁などと共に平成4年(1992)に国指定重要文化財に指定されています。

又、屋敷全体が当時の豪農(中世武士)の暮らしを伝える遺構として貴重な事から名称「彦部氏屋敷」として昭和51年(1976)に群馬県指定史跡に指定されています。屋敷内にはムクノキとシラカ、エノの3種が合体した珍しい大木(樹高32.6m、根元周2.86m)があり、貴重な事から名称「彦部家の合体木」として平成27年(2015)に桐生市指定天然記念物に指定されています。室町幕府第13代征夷大将軍足利義輝の侍女小侍従から彦部家に桐生織物の発注した記録である「彦部家文書仁田山紬注文書」は当地域の歴史を知る上で貴重な事から昭和38年(1963)に桐生市指定重要文化財に指定されています。

彦部家住宅:写真

彦部家住宅
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