伊勢崎市: 大国神社

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概要・歴史・観光・見所

大国神社(伊勢崎市)概要: 大国神社は群馬県伊勢崎市境下渕名に鎮座している神社です。大国神社の創建は不詳ですが、社伝によると、垂仁天皇(第11代天皇・在位:29〜70年)9年(西暦21年)に周辺が大干ばつに見舞われ、大国主命の分霊を勧請し祈願したところ、たちまち願いが成就したことから祠を建立したのが始まりと伝えられています。

奈良時代の神護景雲元年(767)に従五位上に列し、佐位采女が朝廷の勅により社殿が修築され渕名荘36郷の総鎮守として広く信仰されるようになりました。延長5年(927)に編纂された延喜式神名帳の記載されている所謂「式内社」で上野国神社名帳にも従一位大国神社と記載され上野国十二社の内の1つ(五之宮)にも数えられています。

中世以降は、五護宮、第五姫宮などと呼ばれていましたが明治時代に入ると社号を大国神社に復し明治7年(1874)佐位郡波両郡42ヶ村の郷社に、明治42年(1909)神饌幣帛料供進社に指定されています。

現在の大国神社本殿は江戸時代後期の文化元年(1804)に再建されたもので三間社流造り、銅瓦葺き、正面に千鳥破風、唐破風付きの向拝が設えられています。拝殿は本殿と同じく文化元年(1804)に造営されたもので、木造平屋建て、入母屋、瓦葺き、平入、桁行5間、張間3間、正面1間分柱のみ吹き放し。幣殿は昭和5年(1930)に造営されたもので、両下造り、桟瓦葺き。

大国神社境内に安置されている御手洗の石幢は延徳2年(1490)に清本秀行が奉納したもので(御手洗池畔で出土したとも)高さ2.38mと大型で室町時代の特徴がある貴重なものとして昭和42年(1967)に伊勢崎市指定重要文化財に指定されています。

毎年11月の秋の例祭で奉納される下渕名の獅子舞(一人立三匹獅子舞)は古式を伝える行事として貴重な事から平成18年(2002)に伊勢崎市指定無形民俗文化財に指定されています。主祭神:大国主命。配祀神:日葉酢媛命、渟葉田瓊入媛命、真砥野媛命、薊瓊入媛命、竹野媛命。

【 参考:サイト 】
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大国神社:写真

大国神社境内正面に設けられた朱色の大鳥居と石造社号標
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大国神社参道沿いに設けられた石鳥居と並木 大国神社境内から見た拝殿 大国神社本殿と幣殿と玉垣 大国神社境内にある清本秀行が奉納した御手洗の石幢
独り言
「御手洗の石燈籠」がちょっと面白い。元々は大国神社の境内から見ると西側にあった御手洗池の畔に鎮座していた御手洗神社に奉納されたもので、御手洗神社が大国神社に合祀された際に境内に遷されたようだ。大国神社の由緒神話にも朝廷から派遣された百済車臨が御手洗池で大国主命の化身である白頭翁と出会っている事が伝えられていることから、御手洗池が信仰の源泉になっていたと思う。この石燈籠には輪廻車が付いているのが特徴の一つで、一周回すと念仏を唱えた事と同じ御利益を得る事が出来ると本当に信じていた時代の遺物です。輪廻車自体も仏教色が強いものですが、神社に奉納され、神仏習合の名残でもあります。


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